場所
大塔の鐘は、壇上伽藍の鐘楼堂にある大きな鐘の事で、法会などの行事を知らせるためのものでした。
空海が鋳造を発願し、その後に空海の高弟であった真然大徳の時代になってようやく完成したと伝えられています。
悲運にも火災によって焼失しており、3回ほど改鋳を繰り返して現在の鐘は1547年に再興したもの。ただし、最初に完成されたのが何年かは明らかになっておらず、真然大徳の没した891年より前としか分からないとのこと。
直径1.12m、高さ2.5mほどの大鐘で、日本で4番目に大きな鐘であった事から『高野四郎』とも言われています。
現在も毎日午前4時、午後1時、午後6時、午後9時、午後11時のタイミングで鐘が撞かれており、鐘の音は合計で108回にも及びます。
高野四郎という事はこれよりも大きい鐘もあるという事で、『海に太郎、奈良次郎、吉野三郎、高野四郎』という言い回しが存在します。『海に太郎』は唐から日本へと運ばれる際に海に落ちてしまったという巨大な鐘、『奈良次郎』は東大寺にある鐘楼、『吉野三郎』は世尊寺跡にある三郎鐘を指しています。